車両について   →各車の詳細はRBE(ミャンマー国鉄のディーゼルカー)一覧

左 RBE 右 LRBE 
 
左 モンユワ発マンダレー行124Dn RBE2572(キハ47 117)+RBE2571(キハ47 116)
右  LRBE72+LRBT255+LRBT218+LRBT_
 ヤトン 13/5/2

ミャンマーの鉄道は、機関車牽引の客車列車と、
LRBE(小型レールバスLRBEが2軸客車LRBTを3両程度牽引する)・DMU(3連を組んだ路面電車のような車体の気動車)で運転されてきた。

最初に日本から渡った名鉄のレールバス・JR西日本のキハ58形・イセI型・のと鉄道NT100形は、RBE(Rail Bus Engine)を名乗ったものの、
客車列車のように扱われ、RBT800形(新造された専用の客車)を何両も挟んでRBE+RBT+RBT+RBT+RBT+RBEといった編成を組んで運用された。
※のと鉄道NT100形とRBT800形の一部には、名鉄キハ20と総括制御を行う為と思われる丸型ジャンパが取り付けられていた。(使用状況は不明)

その後、そのような運用は客車に戻り、現在のRBEは基本的に単行〜2連で運用されている。
ヤンゴン環状線のキハ181系等は5連で、編成中2〜3両のエンジンをかけて使用。

ヤンゴン 15/4/27

また、ヤンゴン環状線を中心に活躍する丸っこい客車LBTX900は元気動車だった車両。
RF1966年1月号には「1958年複線の循環線完成に次いで西独製の近代的なMTM編成・・・」と書かれている。
当時先頭車だった車は、前面窓上のヒサシ・側面の吸気グリル・屋根の排気管がそのまま残っており、
3枚の前面窓とオデコの前照灯を鉄板で埋めた痕が残っている車両が多い。

ミャンマーでは、日本から来たRBEを客車に改造する工事は一切行われていなかった。
動かなくなったRBEはそのまま工場や機関区で保管され、たまに整備されて運用に復帰していた。
「ミャンマー=客車化」「ミャンマー=使い捨て」などと思われがちだが、それは誤りである。
150両以上のRBEはこれまで1台も解体されていない可能性が極めて高い。

JR東海からキハ11形・キハ40系が大量に来た2015年になって初めてRBEを客車に改造する工事が行われた。
機関と変速機が撤去されているが運転台は撤去せず閉鎖されている。5両編成が2本登場している。
くどいようだが客車化は2015年が初めてなので注意。



運転について

RBE5002(キハ52 109)+RBE2567(平成筑豊鉄道101) 東大学支線 13/1/3   RBE2577(MR-111) とーちゃんカレー駅の機回し線 ティラワ発ヤンゴン経由インセイン行 13/5/3

キハ52形+キハ58形・キハ40系・キハ141/142といった同じ形式同士の2連では、
ジャンパ連結器・ブレーキホースを繋ぎ総括制御を行っている。

形式の異なる車両同士の編成では、ジャンパ連結器・ブレーキホースは繋がず、後ろの車は引っ張られるだけ。
室内灯の電源を送るヨレヨレの電線のみが前面窓下に用意されていて、銅線同士をねじって繋げる。
入換作業中等の転動防止はバラストを車輪に噛ませて行っている。

ヤンゴン環状線では客車列車もブレーキホースを繋がずに機関車のみで制動を行っている場合が多いが、
地方ではキハ141系+RBT800形の3両編成で律儀にブレーキホースを繋いでいる例もあり、支社によって考え方が違っている。

速度は50km/h出れば良い方で、近距離列車では基本的に変速段のみの運転。
国鉄型使用の長距離列車では直結段の使用を確認している。

非冷房車のドアはドアコックを扱って開いた状態で運転。ホームが低いためステップを増設。
車体側面では、床下から延長されているエアインテークが目立つ。

キハ52形・NT100形の一部・AR201・CR70形は車体裾を切断して、ダルマ落としのようにして車体の高さを低くしている。
裾絞りがあるキハ58形は、JR西日本車が幕板を、JR東日本車が裾絞りの上部を、それぞれ切断している。
現在はキハ40系やNDCが屋根上機器撤去のみで陸橋や上屋をくぐり抜けており、車体全体を低くする改造は行われていない。
屋根上にクーラーを搭載している車両は、クーラーの周囲のみ屋根を窪ませる改造を行っている。

ブレーキハンドル、マスコンキーが不足しており、自作ブレーキハンドル、モンキーレンチで代用されている場合が多い。
スイッチ類は書かれている日本語がわからない為、苦労されている。


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